FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

被災地を旅で訪れたことについて

2011年に起きた東日本大震災から、本日で3年が経過しました。
震災当日は渋谷駅で地震に遭い、竹下通りの大型スクリーンで惨状を知りました。
2008年に旅で訪れた場所が津波で飲み込まれる様子を見て、言葉を失いました。

2012年、2013年と三陸海岸沿いをツーリングしました。
「観光」という名目で立ち入っていいのだろうか??
旅で被災地を訪れることはとても悩みました。

実際には、自分の目でしっかりと確かめたいという想いが勝り被災地に向かい、
三陸海岸沿いを八戸から南下するというルートを取りました。

被災地の様子



三陸海岸沿いの道はアップダウンがとても多いです。
登り付近にある土地や建物などは全く被害がなく、下ったところにくると
一気に更地になっていました。

震災の被害を強く感じたのは、宮古市以南。
過去の津波被害の経験から最強クラスの防災の町として有名な田老町も、報道されていた通り壊滅でした。
被災後の田老町

防潮堤が全く役に立たなかったことをその上にあった電柱が根本から曲がっていることが物語っています。
田老町の防潮堤

海が見えないようなところまで、民家がなくなっていることに本当に驚きました。
石巻
※写真は石巻

ガレキの山は2012年には、いたるところに山積み。
ガレキの山

2013年には囲いができてその中に収められていました。
ですが、まだその中には山積み。
まだまだ片付いていません。

変化がほとんど感じられなかったのは民家。
基礎の部分がそのままで全くといっていいほど復旧が進んでおらず、更地のまま。

被災後の住宅地
写真は2013のものです。
雑草だけがどんどん成長していました。

2013年はゴールデンウィークに訪れたので、いたるところで鯉のぼりが舞っていました。
女川の鯉のぼり

2012年に気仙沼市の鹿折のこの場所にあった陸に上がってきた船は2013年に撤去されていました。
保存の動きもあったそうですが、市民の意向から解体が決まったそうです。
陸にあがってきた船

感心したのが道の復旧です。
古い地図だったので、通行止めや迂回を相当覚悟していましたが、実際には主要な道路はほぼ復旧していました。

被災地の方々の想い


旅の途中に気仙沼の復幸マルシェに立ち寄りました。

キャラクターに惹かれ、たまたま立ち寄ったおやまはんこ店。
店主から震災当日のこと、その後、そして現在のことのお話をきかせていただきました。
おやまはんこ

震災直後は、テレビでもどんどん放映されていましたが最近は放送が少なくなっている。
そして、被災地は世間から忘れられつつある状況をとても心配していました。
実際には、震災から1年後の2012年もほとんど状況は変わっていないと言っていました。
私も現地を見て、その通りだと思いました。

店主に今回の旅の複雑な想いを話したところ、被災地に来てくれること自体が嬉しいとおっしゃってくださいました。

それは多くの被災地の方々が、被災地を忘れないでほしい、被災地の復興の現状をしってほしいという想いを持っているからです。
自分の目で真実を見て、現状を知り、そして旅から帰ったらたくさんの人に現状を伝えてほしい。
それが被災地の想いであることを初めて知りました。

テレビの報道は減っていますが、現状はまだまだです。
テレビだけではなく、その土地の空気を吸って自分の目で確かめることがとても大切です。
スポンサーサイト

テーマ : 一人旅 - ジャンル : 旅行

コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。